偶然、必然、もしくは視点の問題

最近、学校近くの公園で古本市があった。

待ち合わせの時間にあんまりみんな集まらなかったので、時間をもてあまし行ってみると、なんと最終日であった。

行こう行こうと思っていて、行ってないというお決まりのパターンは今回はまぬがれたわけだ。

そこで、ほしかった本を物色していると、呆気なすぎるほど、それはあった。

そして、ひょいと隣を見ると昔ほしかったが、そのこと自体すら忘れていた本が並んでいた。

視点を落とすと、一冊だけ列を乱している本があった。

みてみると、好きな文章の引用の元の文が入っているものだった。

そんなわけでいい気分で、僕の財布は軽くなったわけであるが、これは偶然であろうか。

偶然であれば、僕は強運の持ち主で、極端だが本の神様に愛されていると思ってもいい場面かもしれない。

しかし逆の視点を持つと、物事は全く異なった様相を呈する。

約束していた連中は、いつものように遅れた。

最終日だったのは、その中の誰かがついでに行きたくて、この日にちを設定した。

ほしい本が、三冊寄り集まっていたのは、その古本屋の店長の趣味が僕の趣味と似ていて、

出店していたのは近所だったからにすぎない。

別に、現実的な考えを示したかったわけではない。

言いたかったのは、視点の違いで結構、物語は違うということである。

僕としては、前者のほうが何か好きであったりする。もちろん、いい気分になれるからである。

急にこのようなことを書いたのは、もちろんなにかに影響されたのだ。

さて次は、この古本市で購入し、この文章を書かせた吉行淳之介「鞄の中」の短編について書きたいと思う。