吉行淳之介  「手品師について」  Ⅱ

さて前回、この作品の少年の持つ自意識について書いてみた。

ここで、この小説には一つの謎が浮かぶ。

それは、小説家倉田は、なぜ川井と関わりを持つのかということである。

少女にとって川井はお客さんであるし、同僚にとっては仕事仲間である。

しかし、倉田にとっては友達は言いすぎだが、ただのファンにしては関わりすぎと思える。

何より倉田はこの少年に、うんざりしているのだ。関係を断ちたければ、音信を絶つなど方法はいくらでもある。

倉田には、この不愉快な少年と関わらなければならない理由があったのだ。

自殺同然の手品をした後、川井は倉田に、性の悩みとうまく行かないことを記した手紙を送る。

そして、倉田は

 「こういう時期があるものだ」

と呟く。

この文の主語に入るのは川井だけではないことはお分かりだろう。もちろん、倉田自身である。

川井と倉田は似ていたのだ。だから、川井は倉田の小説のファンだったのだ。

倉田も、この自意識のアイロニーのようなものにとらわれていたのだ。